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わたしのブログ

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【弘法大師・空海】

讃岐国(現在の香川県善通寺市)生まれ、15歳で都(長岡)に出て、
大学に入り儒教中心の学問を学びましたが、世の中の人々を救いたいと
仏教に興味を持ち始め、周囲の反対を押し切って出家します。
22歳で名を「空海」とし、当時の名僧高僧に仏教の教え学びますが、
満足することができず、唐(中国)に渡る決意を固めます。
延暦23年(804)、留学僧として遣唐使の一行とともに唐に渡り、
真言密教の最高権威(第七祖)恵果阿闍梨(けいかあじゃり)に出会います。
やがて真言密教の教法を余すところなく受け継ぎ、遍照金剛(へんじょうこんごう)
の法号を授けられ真言密教の第八祖となり、日本に帰国しました。
この時の有名な伝説が「密教を広めるにふさわしい地があれば示したまえ」と
日本に向けて三鈷杵(さんこしょ)と呼ばれる法具を投げ、のちに三鈷杵が
見つかった高野山で密教の修道場を開くことになったといわれています。

帰国後は真言密教を日本に広め、世の中の迷える人、苦しむ人の救済と社会の
浄化に尽くします。弘仁7年(816)高野山を真言密教の根本道場と定め開創。
同山奥之院にて入定し、後に醍醐天皇より「弘法大師」の諡号(しごう)を賜りました。

弘法大師・空海は今も人々を救い続けていると信じられています。
偉大な功績は数々の伝説とともに人々に語り継がれ、高野山は世界各地から
参詣者が絶え間なく訪れています。
今年、高野山は開創1200年目を迎え大法会が執り行われます。

2015年4月2日~5月21日


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